FC2ブログ
自称創作者の端くれとその相方兼師匠による思索と考察と実践。
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


2010年12月25日 (土) | 編集 |
どうも香月です。
世間ではクリスマスみたいですね。
キリスト教嫌いな私でも、妙に浮かれるというのが不思議です(笑)
多分、小さい頃の経験があるからなんでしょうな。

ちょっと路線がいろいろ変わってしまったので、また都条例について。
7月頃から運用されてしまうようですが…やはりこのままではいけないでしょう。
戦いが始まるなら、今度の区切りは7月になるのかどうか。

都条例の裏側にキリスト系の影があるのは勿論、警察の存在も見逃せません。
この条例に関わっている警察官僚も随分とえげつない方のようです。
そもそもこの条例自体が警察の天下りに利用される恐れもあるみたいですし。
つまり国民は余計に税金を払わなくてはいけなくなるんですよ。
わざわざ金を払って自分の作品を検閲させる…それって、どう思います?
なんかおかしいとか思いませんかね。

キリスト系と警察と都議会が結託しているのかどうかは分かりませんが…。
少なくとも、それらの団体に良いように利用されるのは私としては容易に想像できます。
そもそも締め付けが厳しくなれば危険なアウトサイダーが更に発展する恐れもあります。
更にそのアウトサイダーをネタに規制がもっと厳しくなって…と。
完全に悪循環に陥る恐れもあるわけです。

こういう恐れがあることを議員さんたちが知っていたかどうか。
反対派の議員さんも、どこまで知識を持っていたのかは正直疑問です。
まあ…天意は測りがたい、なんて言いますからね。
尤も、個人的にはあんな下品で低能な奴らを天意なんて言いたくないけれども(ボソ)
むしろ本当の神様に失礼だろうと。

日本は性犯罪が少ない国らしいですしね。
あんだけ漫画とかいっぱいあるのに少ないのって、どうしてなんだろうね。
そういえば、セックスの回数も少ないってよく聞きます。
ギリシャと比べればその数は歴然だとか(笑)
やはり、二次元で満足しているようなところもあるのでしょうか。
それだけ日本のアニメや漫画はクオリティが高いってことだったりして。
そうだったら、ちょっと複雑だけど凄いことのように思える不思議(笑)
ただ、そういったメディアがどれだけ人に影響を与えるのかも疑問ですが。
そういうのってちゃんとしたデータとかあるのでしょうかね。
データ取るのが大変そうな気もしますし、そもそも出来るのかと。
規制派も反対派もそうしたデータが鍵になると思うのですが。

表現を規制する前に、まずは性犯罪者をどうするかも考えなくてはいけない。
再発率も高いそうですし、そこをどうするのかも問題でしょう。
性犯罪者を管理するシステムを作るとか、さ。
そういう眼に見えるようなところからまずは始めるべきなのにね。
漫画やアニメを規制したところで、どれだけ性犯罪を抑止できるというのか。
全く結果が見えていないのでは無いかと思います。
そもそも規制の厳しい国の方が圧倒的に性犯罪が多いとも聞きますし。

これってちょっと考えれば、規制派が性犯罪を増やしたがっているようにも見えるんだが。
でもさあ、そうすれば警察もたくさん犯罪者捕まえられるし、手柄を立てやすくなるもんね。
つまり警察にとっては俺得なんですか、そうですか…うわあ、最低だ。
あくまでも俺の妄想ですが、想像していて気持ち悪くなりました。

いっつも思うんですが、結局、青少年を守る気なんて誰にも無いんじゃないのかな。
少なくとも、規制派にはその気がないんでしょう。
特に年を取っていたり、偉い奴ほどその傾向が強く見える気がします。
だってそういう奴らは完全に利益とか名誉とかそっちの方にしか興味が無さそうだし。
馬鹿みたいだよね、どうせすぐに死んじゃうかもしれないのにさ。
死んだら、全部終わっちゃうのにね。

反対派も過激な人もいますが、それでも規制派よりはもっと真面目だろうと思います。
規制派の意見も入れて、冷静に考え、見ようとする方も少なからず見受けられますし。
そういう良識的な人が規制派にはどうも欠けている印象です。
頭ごなしに非難してますからね、自分たちが絶対に正しいと思い込んで。
完全に、「子供の健全な育成のため」というイージスの盾を持っているからというか。
でも、それはとても曖昧で不確かなイージスの盾なのです。
青少年が一体、どういう存在を指し示すのかがそもそも曖昧なんだから。

考えて見れば、この世は曖昧な事だらけ。
日本は結構大らかで、まさに曖昧な国…そんな印象です。
曖昧とは、つまりいろんなモノがごちゃごちゃで整理されていない状況ってことでしょう。
その中には危険な物も確かに存在するけど、光る宝石だって存在するわけで。
神話なんかで、世界はカオス…混沌から産まれたとも言いますしね。
ギリシャ神話や日本の神話を見ていると、そんな感じですし。
混沌としているからこそ、個性もたくさん存在するわけで。
キリスト教のように、善悪、白黒の二つにキッカリ分けられるほど、世界は単純じゃないです。
そもそも、人間自体が矛盾を抱えているし、宗教を産んだのも矛盾な人間。
だから、宗教だって完全なものじゃ、ないのです。
そうした矛盾を抱えているからこそ、人にはきっと個性が産まれるんでしょう。

そんな個性に囲まれて、子供は育つわけで。
完全無菌な子どもが綺麗なガラス玉だと例えられるのなら。
それはすぐに砕けてしまう、とても脆いもの。
曖昧な世界の中で育つからこそ、個性を持った子供は育てられるはず。
世界に飛び回るノイズに子供を晒してやらない限り、子供は強く育てられない。
倒れそうになった子供を支えてやるのが、親の役割にも思えます。
最後に子供を守り、支えてやれるのは、やはり親だけなのだと思います。
そこにはもう、政治とかそんな物が介入する余地なんて無いんです。
この条例は介入してはいけない、神聖な領域にまで踏み込み過ぎている。
そこに気付くか気付かないかの差は、きっと大きい気がします。

お願いだから、これ以上、子供を大人の欲望のために利用しないで欲しい。


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。