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自称創作者の端くれとその相方兼師匠による思索と考察と実践。
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2011年01月10日 (月) | 編集 |
どうも香月です。
シーシェパードのニュースを見て、思うところがありまして。
いつもの都条例の件とはずれますが、たまには…。

シーシェパードの人って一体、何を誰から守る気なんだろう。
一生懸命頑張ってるみたいですね。主に人の仕事の妨害を。
そして、生物の営みに保護という名目で介入したがるエゴ活動を。
彼らはクジラやイルカは守るけど、それ以外の生命についてどう思っているんだろう。
沢山のお魚達を守ることよりも、イルカやクジラの方が大切なんだろうか。

シーシェパードでなくとも、自然保護団体は個人的に嫌いです。
むしろ、人間の手で動物や自然を守るという意識が嫌だなあという感じだったりします。
そもそも、人間はいつからそんなに偉くなったんだろうと思います。
シーシェパードを見ていて思い出したのは、蜘蛛とトンボのお話。
もうずいぶんと昔、道徳の教科書で読んだお話です。
人間は蜘蛛の巣に絡め取られたトンボを哀れに思う。
でも、蜘蛛に同情はしない。
もしもトンボを逃がしてしまえば、トンボの命は救えても蜘蛛は飢えてしまう。
蜘蛛が死ぬのは良いのに、トンボはダメ。
この話を今になり思い出し、私は人間は命を差別しているんじゃ無いかと思った訳で。

仏教っていうのを知ってから、命についても考えるようになったわけで。
人間を含めた動物は勿論、植物も同じ生命なんですよね。
この地球に生きる全ての命は、本来なら全部等しい物なんでしょう。
でも今の人間の「生態系を守る」と称した保護活動には少し疑問があるわけです。
絶滅の危機だから保護するとか、数が少なければ保護するってどうなんだろう。
環境を守るとか生態系を守るとか、それって遠まわしに人間の手で支配するってことでしょう。
人間の手で、他の生命の営みをコントロールしたいだけでしょう。

個人的に一番いいのは、放っておくことだと思うんですけどね。
私は別に乱獲とかペットを捨てるとかそういうことを擁護したい訳じゃないです。
でも、人間というのは他の動物と進化が違っただけで、同じ動物なんじゃないかと。
色んな種類の動物がいるなら、人間だって動物でしょ。
自然を保護するなんて綺麗事をほざいて自分の正義感とか満たすなんてね。
それってなんてエゴなんだろうね。
何千年も生きてきたセコイアの木と比べれば、人間なんて自然界でも本当に後輩なのにね。
自然保護だの環境保護を訴えるエゴ団体は、まず自然の先輩方の姿を見ろ、と。
そして人間が自然と一緒に生きる上で本当に大切な事について考えろ、と。

少なくとも私は、自然保護が自然と共に生きる上で最良の方法だなんて思いません。
本当にその命を尊く思うのであれば、何もせずほっといてあげてください。
保護なんて人の人生に顔を突っ込むようなマネはすぐやめていただきたい。

本当に自然を尊く思うのであれば、人は最期を自然の中で迎えるべきだ。
そしてその死体を土の上に横たえ、多くの生物の糧として提供して欲しい。
コンクリートの上で死んでも、墓に入っても、他の生物を養うことは出来ないんだから。
そうなると土葬って言うのは火葬よりも良い葬り方なのかもしれない。
土葬は土葬でも、棺桶に入れることは間違ってもしてはいけない。
そのまま深い穴を掘り、その中に裸のままで埋めるべき。
いっそのこと、海に流してしまうのもありかもしれない。

結局、自然保護を訴える人間は、墓の中に入ってしまうんでしょう。
彼らは自然を保護する自分たちを、褒めてもらいたいんじゃないですかね。
勿論、熱心に自然を思い、保護に務める人達もいるでしょう。
でも、熱心だろうが正義感があろうが暴力的だろうが、私には全てが胡散臭い。

命が生きて行く上で他の命を奪うことは当たり前のことだ。
人間が文化と称して他の命を奪うのも、それが人間という動物の生き方だからだ。
人間には人間の、他の動物には他の動物の流儀がある。
そこのところを、もう少し分かってくれないかと思うこの頃。

エコはエゴである、なんてよく言ったもんです。
だって環境保護も、人間が自分たちが地球に住み続けたいからやってるだけのことだし。
本当に大切な事は多分、全ての命に対して感謝することかもしれません。
人間が日頃から出来るであろうことは、多分それくらいです。
動物は勿論、植物とか、とにかくすべての命です。
紙だって植物から作られてる物だしね。

思うにご飯の時に言う「いただきます」「ごちそうさま」は本当に良い文化だと思う。
犠牲になってくれた命と、つくってくれた人に対する感謝とかね。
今の時代、この言葉を言わない人もいるみたいですが。
例えば外食なら「金を払ってるんだから言う必要はない」…とかね。
でも古来から受け継がれてきたこの言葉の意味は、そんなところには何も無い。
命への感謝の念があるからこそ、この言葉は受け継がれてきたわけで。
お金云々とかそんな理屈であれば、恐らくこの言葉はとっくの昔に消えていたでしょうね。
私も最近この言葉を言っていないので、また改めて言いたいと思いますが(汗)
感謝を伝える言葉を言うことは恥ずかしさを感じてしまうもんだ(笑)

日本は本当にいい言葉を産んだものだとしみじみ。
日頃からできる一番手っ取り早い命への感謝の方法があるなんて素敵だなあ、と。
是非ともエゴ活動に熱心な活動家どもに教えてやりたい(笑)
日本を迫害するシーシェパードに言ってやりたい。
「日本にはこんな素敵な言葉があるんだぞ」なんて。


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