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自称創作者の端くれとその相方兼師匠による思索と考察と実践。
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2011年01月28日 (金) | 編集 |
お久しぶりです、香月です。
ホントにもうね…試験で忙しい時期にエントリーシートってあなた…。
企業ってどうしてこうも空気を読まないんだろうと思うこの頃です。
行動したいなら、まずは怒りから…というか。

最近になってまた興味深い本を読んでいました。

「心の専門家」はいらない(小沢 牧子)

たまたま学校の図書館で手に取ってみた本だったりします。
意外と面白くて興味深かったので読んでみました。
同じ頃にサイコパスによって起こされた凶悪犯罪ノンフィクションなぞも読んでました(爆)
心理学というか、カウンセラーのことを鋭く批判しているのが面白かった。
これを読み終わった後、カウンセラーという存在に対する意識が変わったわけです。
カウンセラーとは、社会の産んだ新しい管理方法を実行する存在なのだと。

学校に行きたがらない子供たちを学校に生かせるよう、「治療・解決」するカウンセラー。
そこにあるのは、そんな子が生まれてしまう社会に対する疑問ではない。
いかにして、子供を現状の社会に適応させようかとする姿勢。
思ったんですけど、ようは問題のある社会に無理矢理子供を戻させようとしてるんじゃないかな。
子供が行動するには、何らかの理由があるのに。
それをあやふやにして解決したつもりにして、また学校へ行かせる。
本当は、何にも解決していない。
子供の抱えていた悩みは「バイキン」として駆除する。
不登校などの行為を行う子供は「バイキン持ち」として嫌われ、新たな問題が生まれる。

子どもが悩んでいれば、カウンセラーに相談すれば良いと思う親。
何でもかんでもカウンセラー任せにした果てに、親の存在とは一体どうなってしまうのか。
子供と一番共にある存在である親が、馴染みのない異端の存在へと子を委ねたがる現実。
極端な事を言えば、この流れが普通になればもはや親は存在意義を無くすのだと思う。
マスコミによる過剰なまでのカウンセラーや心のケアの礼賛。
心のケアを求める人の需要はますます高まるばかり。

じゃあ、カウンセラーがいない時代はいったいどうしていたのか。
そこにあった救いとは「馴染み」のある生活や友、家族などのよりどころ。
そして人と人との繋がりだった。
そこに割って入ってきたカウンセラーという存在が、ますます人と人を孤立させる存在となる。
日本に昔からあった縦社会、そして横社会。
そこには同じでなくてはならないという意識。
それはマイナスの側面として見られると同時に、プラスにも見ることが出来る。
何故なら、横並びから脱落してしまう者に対する救済もあったのだから。

お互いに共感しあい、苦しみや喜びを共にすること。
共に考え、共に悩み、知恵を生み出すこと。
それを専門家がいまや独占しようとしている。
でも、それは決して特別なことでもなんでもないのだ。
それもまた「いつもの日常」の一部なのだ。
ましてや人の心は人にとって一番のプライベートな部分。
それをバラバラに切り刻んで型にはめるのが心理学なら、なんと恐ろしいことか。

今の日本に蔓延する、歪んだ孤立不干渉。
それを加速した背景にカウンセラーの存在があることも想像できる気がした。

都条例が家族の営みにまで干渉する条例であること。
私はこの本を読んで尚更それを痛烈に感じた。
PTAや保護者は、この条例で子供が守られるとでも、本気で思っているのかと改めて考えた。
そうやって何でもかんでも条例で子供を囲んで、世界を狭めてどうするんだよ、と。
そもそも忙しくて目が行き届かないから、こういう条例ができたら嬉しいですか?
変なマンガやアニメがやたらと氾濫する現状から、子供を守れるから嬉しいですか?

人生って、そうやって目をつぶって生きてられるほど、簡単じゃないよ。
親の目が行き届かないなんて、そんなの当たり前だ。
だって親は全知全能じゃないから。欠けていて当たり前だ。
むしろ人間がどっかしら欠けている。それを補いあって生きている。
誰かが言っていた。草花の成長を見たければ、少し目を離してから見ろ、と。
子供も同じこと。親の目の行き届かないところで、実は成長している。
それが当たり前。だれだって不器用に子育てして、だからこそ子供はたくましく成長する。

変なメディアがやたらと増えた世の中で一番大切なのは、見せないことなんかじゃない。
それについて子供と一緒に考えることが、一番大切だ。
世の中には変なモノがいっぱいあって、それと不意打ちの出会いをすることだってある。
むしろそんな変な出会いもイイ出会いも重ねて人は成長する。

こんな世の中だからこそ、大切なのはたくさん悩んでたくさん考える事。
悩みというものが決してマイナスじゃないとこの本から教えられて、少し楽になりました。

真綿で包むように管理する、ある意味新しい人間の管理方法が心理学なら。
私はそれに抗ってみたい。
問題があったら、その原因と起こった背景にまずは注目してみたい。
何故なら心の専門家はそこから人の目をそらしてしまう存在だから。
そうした背景も手伝って、人はやがて政治にも何にも興味を示さなくなる。
「問題意識」という存在が、専門家のトリックによって心の中に閉じ込められてしまうから。

尤も、この本の著者のように、その専門家の中にも疑問を抱く人はいるみたいですけども。
だからカウンセラー=悪者っていうのも誤解だろうな。
別に悪意があってやってるわけじゃないんだろうし。
だから、タチが悪いって言うんだけど。

押し付けと独りよがりの善意は、下手な悪意よりもずっと怖いよ。
規制派もそこのところに気付いて欲しいんだけどな。
こんな条例を制定したら、ますます人は考える力を失うよ。
行政に任せておけば安心とかのたまうお花畑とか、もしくは息苦しくて苦しいって悲鳴上げる人が出るよ。
どちらにしろ、プラスにならないってことにいい加減気づけよ。


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