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自称創作者の端くれとその相方兼師匠による思索と考察と実践。
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2010年12月18日 (土) | 編集 |
どうも、香月です。

思うんだけど、利益の出る同人て同人じゃないと思うんですが。
それ、もはや商業でしょう。
個人的にそう思いました。
そういうサークルさんとかはやっぱり利用料とか払うとか…うん。
仕組みを作っていくのも良いと思うんだ。

で、先ほどニコニコニュースで知ったんですが、自衛隊の装備強化とかで。
私が思うに、何か今更って感じです。
戦争が怖くて、国をやっていられるんですかね?

勘違いしてほしくないんですが、私は戦争賛美者じゃ無いです。
むしろ戦争大嫌いです。
原爆は理不尽で無差別な大量殺人だと感じています。
だから絶対に繰り返してほしいだなんて思いません。

でも、軍備のない国は本当に国として成り立つものなのでしょうか。
そもそも外交に置いては軍備という装備があって初めて外国と渡り合えるわけで。
外交における重要な鍵の一つではないかと思っております。
軍事力を持つことは相手へ緊張感を与えることでありますし。
そうして緊張感の中でこそ、本当の意味で相手と対等に渡り合う外交が出来るのでは、と。

しかし、戦争敗北を機に日本は牙を全部抜かれてしまったんですよね。
今でも、日本はアメリカの占領国か何かではないかと思ってしまう。
戦後はまだ、終わってなんかいなくて、ズルズル続いている。
私としてはまず、自衛隊を軍事力として認めることだと思います。
少なくとも、自国を守れるくらいの装備と訓練は絶対に必要だろうし。
そもそも中国や韓国は歴史の教育からして日本を敵視しているっていうし。
本を読んで知りましたが、特に中国は清代のインパクトが相当強かったみたいです。
中国4000年とは言いますが、むしろ中国か今からが伸び盛り。
国として完成を目指しているようなところでしょうか。
侵略した英仏以上に、彼らにとっては日本こそが大敵なわけで。
今でも清代の戦争について、愛国者は熱く語り合っているそうです。

今の日本人は、少し平和ボケが過ぎている。
敗戦により、牙を抜かれてしまったから無理は無いんですけどね…。
でも、本当の平和は銃から目を背けても成り立ちません。
銃と向き合い、上手くコントロールしようとするところから始まると思います。
危ないから手を付けなければそれでいいとか、そんなんじゃダメに決まってます。
銃が危ないと感じるのは、ちゃんと使うための訓練を積んでいないからです。
少なくとも、護身用に使う術くらいは身につけてもいいのではないか。
誰かを傷つけろとは言いませんが、自分を守るためには誰かを傷付ける恐れも出てくるわけです。
威嚇で穏便に済むくらいなら、軍事力くらい持っていたっていいじゃないですか。

軍国主義を主張したいのではないのです。
日本が日本であり続けるためには、侵略を防げるくらいじゃないとダメなんです。
外務省の役人さんが腑抜けに見えるのは、日本に軍事力が無いからじゃないのか。
緊張感がないから、腑抜けになっちゃうんじゃないかとつくづく思います。
同時に、自衛隊の人達は本当に良くやってくれているのだと思います。
現場で実際に働いている人ほど、信頼できる人はいないと思うのです。
政治家も政治家で、自分がのらくらしていられるのは誰のお陰だと思っているのか。
いざという時、安全な場所にいられるのは何のためだと思っているのか。
そこのところを、その頭でよーく考えてみて欲しいものです。
そのために国民は、高い税金を貴方達に払っているんですから。

どれだけ金を積めば、政治家は私たちのために働いてくれるのか。
つくづくそう思うこの頃です。
でも、忘れてはいけないのは、政治家を生む土壌は私たち国民であるということ。
私たちが政治に無関心になればなるほど、無能な奴は出しゃばりたがります。
今の現状もある意味では、私たち自身がもたらしてしまったもの。
東京都の条例だって、知事が石原慎太郎でなければ、もう少し変わっていた筈。
この国は、やはり私たち自身が頑張って良いものにしていくしかないのでしょう。
むしろ、それがこの国に生きる日本人の義務なのだと思います。

銃から目を背けている平和こそ、嘘偽りに満ちた仮初のの平和。
本当の平和とは、やはり銃と真正面から向き合うことから始まるのだと思います。
核もまた同じで、核エネルギーについても怖いから触れないというのではダメです。
これもまた、真正面から逃げずにきちんと向き合うことなのだと思います。
何事も、訓練や知識といったものがとても大切なものになるのだと思います。
政治活動も、まずは実践と経験が大切だと感じますし。
大げさそうに思いますが、議員に意見の手紙を送ってみることだって大切な活動です。
動けば自ずと、結果は現れてくる筈です。
勿論、疲れたら休憩することだって大切です。
自分のやれる範囲以上の事をやると、必ず最後に身を滅ぼすと思うのです。
慈善団体に寄付をし過ぎて、無一文になるのと同じように。
だから、自分が少し動けば出来るところからでも十分。
疲れたら休めばいいし、立ち止まることも自由です。
少しずつでもいいから、ゆっくりと歩いていけばいい。


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